第39回ふるさと相聞茶堂

< 第39回 ふるさと相聞茶堂 >
・日程:2025年6月26日 木曜日
・時間:13時半~16時半
・住所:高槻市芥川公民館 和室
・内容:円坐・影舞・未二観 等
・守人:松岡弘子
・参会費:三千円
・申込:soumon.enza@gmail.com 松岡
川浪スヱ子さんと円坐をご一緒させていただくようになって、5年になります。最初は「相聞茶堂」という名称で、川浪さんが関わってこられた高槻浦堂や高槻町の民家で、毎月開催させていただいていました。
わたしと川浪さんの直接的な出会いは、高槻市原の「五節句円坐」でした。
義兄を通じ40年以上も前から深い関わりがあった川浪さんと、円坐で出会うことになるとは本当に不思議で、と同時に必然的な出会いでもありました。
そのあとすぐ川浪さんは、石切の稽古会へ現場を実際に見に来られ、即「ぜひ高槻でもやりましょう!」と約束したので、翌年の春、有無ノ一坐は川浪さんと高槻浦堂で顔合わせをしました。その年の夏「相聞茶堂」が始動しました。
コロナウイルスによる緊急事態宣言が政府や自治体から発令されて、感染予防という大義名分のもと人との距離をとるために、ワクチン接種やアルコール消毒、マスク着用など社会全体の空気だけでなく個人レベルまで管理するような時代となりました。
大事な人と会えなくなったり、更に人と会わない風潮が加速する時代となり、そんな時代に対峙する形で相聞茶堂が誕生したわけではありませんが、コロナ禍時代の幕開けと同時に「相聞茶堂」が誕生しました。
その翌年、川浪さんもかつて稽古会に参加された東大阪市石切で一年間「相聞茶堂」を開催しました。そして翌年の三年前の春「ふるさと相聞茶堂」とあらため、高槻市芥川で再スタートを切りました。
毎月3時間の円坐ですが、いろいろな方が各地から「ふるさと相聞茶堂」をおとずれます。
前回は、ちょうど地域のお祭りの練習だったのでしょうか、ふと篠笛の音が外から入ってきて懐かしい旋律がとても味わい深い音色でした。その時千葉から加倉井拓夫さんも参加されてて、その後の夕方から夜にかけて2時間、高槻郡家の今城塚古墳にて未ニ観玉手箱をさせていただきました。
今城塚古墳は聖徳太子の曾祖父、継体天皇のお墓ともいわれていて、ここは全国でもめずらしい自由に古墳に入れる公園です。
今城塚古墳に到着した時はまだ辺りは明るい時間で、古墳の小高い森を越えていくと、シロツメ草の白い花がいっぱい咲く広い草原になっていて、その草原にブルーシートを敷き、時折遠くで遊ぶ子ども達や鳥の声が入ってくるなかで、坐りました。
日が沈むと先ほどまで見えていた様々か景色が裏返るといいますか、たそがれの時間になりさっきまで草原いっぱいだったシロツメ草も徐々にみえなくなり、暗闇に目が覚めてくると今度は、今まで見えなかった様々な景色がどんどん見え始めて来ます。
千葉で毎月開催されている加倉井拓夫さんの「関東円坐研究会・第13回稽古会」のご案内をご紹介させていただきます。
松岡弘子
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【関東円坐研究会・第13回稽古会ご案内】
円坐では人間関係ということがよくいわれ、さらには、誰かとの関係は例えその人が亡くなっても決して終わらない、ともいわれます。
これは、わからなければさっぱりわからず、わかった気になろうと思えば案外そうなれてしまう考え方のように感じます。
私は田舎育ちで、お盆を比較的大事にする家庭に育ったので、「お盆は死者の霊が帰ってくる日」という考え方には小さな頃から親しんできました。
だから円坐でいわれる"死してなお続く人間関係"ということも、なんとなくお盆みたいなことかな、とはじめは思いました。
しかし、同時にそれよりももっと独特のなにかが語られているという予感もありました。
橋本さんや松岡さんがこれまで積み重ねてこられた円坐の話を聞くと、「そこまでやるのか」という感想を抱くことがあります。
生きていま目の前にいる人と本気で関わりきると、その人の存在が自分の中に深く刻み込まれる。そうやって深く刻み込まれた存在は、物理的に遠く離れても、あるいはもうこの世で会えない状態になってもいきいきと存在し続ける。
円坐とはそういうところに至るまで目の前の他人と関わろうとする試みなのかもしれません。
円坐がしようとしていることについてこのようにとらえてみると、逆に円坐が"それでないもの"としてよく引き合いに出される「マニュアル」について考えてみたくなります。
マニュアルとは、いつ・誰が・どこで実行しても大体同じように再現されることを目指して作成されるものだといえます。
こうしたマニュアルというものは、確かに円坐が求めるものとはきれいに正反対のことを目指していることがよくわかります。
円坐は、いつ・誰と・どこで行うかが決定的に重要なのであり、だからこそ「会いたい人に会いにいく」のだと思います。
円坐の本質を以上のようにとらえた時、正直にいえば、自分が月一回開く稽古会はそのような意味での円坐にはなっていないといわざるを得ません。
なぜなら、それを開く自分の立ち位置は、誰かが会いにくるのを待っている状態だからです。
それなら稽古会は円坐ではないのかというと、そうともいえないと思います。
私にとって円坐は、抽象的な方法論ではなく、具体的な生身の人間から伝えられた営みです。だから自分が円坐を開く時、そこにはいつも円坐で共に坐った人々の存在が一緒に坐っています。
稽古会は"待ち"の円坐ですが、守人である私は、これまで自分が円坐で向き合ってきた全ての存在とともに、いま現に生きている誰かの訪れを待ちます。
6月もそういう姿勢でご縁のある皆様のご参加を心よりお待ちしております。
関東円坐研究会
守人 加倉井拓夫
<関東円坐研究会・第13回稽古会>
日時:2025年6月17日(火)13:30〜16:30
会場:千葉市内(詳細はお申し込み後にお知らせ致します)
守人:加倉井拓夫
参加費:3000円
お申し込み、お問い合わせは下記メールアドレスにお願いします。
enzakeiko.hk@gmail.com