第二回 パンドラ円坐 医と戦争
今朝、友人からお便りがありました。これから先は闘いの日々かもしれませんが、彼の存在を瞬く間に直ぐそばに感じました。また会いたいです。
「パンドラ円坐 医と戦争」第二回開催のご案内です。
昨年12月千葉県山武郡芝山にて「第一回 パンドラ円坐 医と戦争」を開催いたしました。
自分たちの言葉を礎にお互い関わりあうなか、この世から消し去り見えなくなってしまった歴史を取り戻す扉をあけました。大変貴重な時間となりました。
第二次大戦を境に日本は、文化や歴史がある意味断絶してしまい、道という観念もすっかり希薄になり、ほんとうに大変な時代になってしまいましたが、円坐では自分の目の前の人に全力で真剣に関わります。
「縁」ある人に誠意を尽くし関わるという地点において、人と人の間にはもうご縁しかない気がします。縁とは、紛れもなく死者も含めた自分以外の他者の存在(臨在)でもあると、わたしは思っています。
第二回パンドラ円坐は三月の春のお彼岸に千葉館山にて2泊3日で開催いたします。
館山は、海に囲まれた房総半島の先端部に位置し海とともに歩んできた歴史が土地に重層的に重なっています。
● 近現代史において
19世紀より、房総半島南端部にはお台場などが建設され国家防衛の面から沿岸要塞建設がすすめられ、日清・日露戦争前後から房総半島は軍事戦略上重要地域として位置付けられ、特別な役割を担い、日本近現代史と深く関わる歴史的特性をもつ地域となりました。
東京湾に侵入する敵艦船を阻止するため最高技術をもって莫大な軍事費を注ぎ込み、昭和7年に「東京湾要塞」は完成したが、当時の要塞建設は、国民の目を隠した国家機密でもあった事を館山の戦争遺跡が示しています。
東京湾要塞地帯として日中・太平洋戦争の軍事拠点として、館山海軍航空隊や館山海軍砲術学校、そして、洲ノ埼海軍航空隊など、さまざまな軍事施設が設置され、陸の空母と呼ばれた館山航空基地では安房戦争遺跡を通じてその土地にうもれた歴史にもふれることができるかもしれません。
今現在は見学中止になっていますが大規模な「赤山地下壕建設」もその頃の航空戦略に基づいているようです。
その赤山地下壕で長年キノコ研究をしていた向後精義さんは戦時中「731部隊」だったそうです。
地下壕は温度や湿度がほぼ一定で、キノコの研究に条件がよく千葉県内の地下壕をいろいろと探したところ赤山が最もしっかりした造りだったため1960年代より40年住み一般公開の3年前逝去されたそうです。
生前は入口に「向後種菌研究所」と看板を出していたそうです。赤山地下壕へは現在入れませんが、それでもせめて向後さんの面影を感じながら遥拝したいと思います。
ずいぶん昔の話のように思われるかもしれませんが、ついこの間の事でもあります。
第一回パンドラ円坐では、戦争や人災などありとあらゆる厄災があらはれ飛び出した後、さいごに残るのは、エルピス(希望)だという事実に、大変驚きました。
先日、千葉県山武郡成東の老人ホームへ円坐に参りました。その名も「エルピス」。
そこで暮らすご高齢の方々の関わりあう姿は、とても光度が高く円坐の真髄を学ばせていただきました。そして、ご縁とは不可思議な必然性を帯びているということも教わりました。深謝申し上げます。
第二回パンドラ円坐開催にあたり、あと2名募集いたします。ぜひご参会ください。
どうぞご縁、ありますように。
有無ノ一坐 松岡弘子

< 第二回 パンドラ円坐 医と戦争 >
日 時 2026年3月18日(水)~20日(金祝)
場 所 千葉県館山市
集 合 3月18日11時 館山駅
解 散 3月20日15時 館山港
もしくは15時半 館山駅
参会費 五万円(二泊三日)
守 人 橋本久仁彦 松岡弘子
宿 泊 民泊
宿泊費 13,000円~26,000円 (人数により変動)
食 費 実費各自負担
募 集 2名
申 込 soumon.enza@gmail.com 松岡
写真:第一回パンドラ円坐@千葉県山武郡芝山


