北海道札幌円坐舞台2026

北海道札幌円坐舞台2026

日 時 2026年5月20日(水)〜21日(木)
参加費 一泊二日3万円(宿泊費食費は応相談)
内 容 円坐影舞、未二観など。石山緑地にも行くかもしれません。
守 人 有無ノ一坐(橋本久仁彦・松岡弘子・橋本仁美)
申込・問合先 kanade@kitanowa.net (宮本奏)
会 場 札幌市内 と新千歳空港から会場までの道中
※その他詳細についてはお問い合わせください

有無ノ一坐 橋本久仁彦よりご案内

今月20日21日に開催される「第2回札幌円坐舞台」主催の宮本奏(かなで)さんの言葉を拝受しました。

「次は私の番。思いっきり生きてみたい」
「たった一人でも誰かと本気で関わりあって共に生きてみたい」

数日間のワークショップやリトリートを繰り返すのではなく、人生全体を前提としてかかわりあう「円坐舞台」の中で、このような瑞々しい言葉に出逢うとき、僕は、見渡す限り広がる山並みや、遠くに輝く海原の景色を呼吸しているような気持になります。

奏さんの、この肉声の背景に我々が感じることができるのは、たった今も奏さんのことを大切に思い、熱く透明なまなざしを奏さんに注ぎ続ける「奏さんと本当にかかわりあっている人々」の存在です。

その存在が今肉体をもって生きていようと、あるいはすでに亡くなっていようと、円坐に坐る以上、生死を貫いて続く彼らとのかかわりあいが明白になり、我々は他者を消費する自己中心的な夢から目覚めて、意識的に彼らの存在を認識せざるを得なくなります。

彼らは、今地上に生きている人間や現代社会よりも、もっと深くて広い背景の中で我々の人生とかかわりあっています。
日本では古来より、亡くなった方々とのかかわりあいを、この上なく大切にしてきました。
日本各地のお祭りは、神々や祖先、亡くなった家族や友人、戦いの敵や味方だった人々との交流の場として機能してきました。

「祭り」は「祀る」と同義で、死者や彼岸の世界とのかかわりあいのことです。

亡くなった人とのかかわりあいを言祝ぐお祭りの数が、日本は世界の国々の中でも最も多く、特に僕がセラピーやコミュニケ―ション理論を学んだ西洋の国々の文化と比較すると、段違いにたくさんの死者に対する場作りが、歴史的、伝統的に行われてきました。

西洋の文化圏では、たとえば ”Good by” の語源が ”God by” であるように、亡くなった魂は「神のそばへ」向かいます。

日本語の「さようなら」は、人生いろいろあって今ついに死ぬ時が来た、「さようですか、ならば」と、まるでふるさとの実家へ帰るような、すぐ近くの、地続きのニュアンスを含む言葉で、「絶対的な神」を間にはさみません。

僕の母が晩年、高熱で衰弱していた眠りから突如目覚めてがばっと身を起こし、「近い!!」と叫んだことを思い出します。

聞いてみると、きれいな大理石のドームのような建物の中で、「今日亡くなった人はこちらへ」というアナウンスに従って行列に並んでいたら、若い頃に亡くなった父が若い当時の姿のまま、人ごみをかき分けてハンカチで汗をぬぐいながら迎えに来たと。

「あんた!来てくれたん!お父ちゃんは?お母ちゃんは?」
「向こうで待ってるで」

と我を忘れて語り合ううちに、人ごみに押されて背中がドームの壁に付いたら壁がぐるんとなって、ふとんの上にいた。その近さにびっくりして叫んだ、とのことでした。

「日本」と呼ばれる極東の小さな島国は、死者の国がとても近くに存在する、世界でも特異な性質を持つ場所であると言えます。

しかし、現代の日本社会の人間関係は、西洋から取り入れた人工知能的思考や、物質主義的コミュニケーションの技術によって、最適解や予定調和を目的とする「生きている人間同士だけの技術的、危機管理的関係」に置き換わりつつあります。

そして、かつての日本で人間関係を導く中心的要素だった「死」や「死者」は存在の場所をほとんど失っています。 

ところが、読売新聞が連載している『AI×恋愛』という記事の中で、大きな見出しになっていたのは、

「AIを夫婦すれ違いの心の支えに」
「AIの“夫”は私を傷つけない」
「6人に1人が生成AIに恋」「私は死ぬまでAIのパートナーを手放さない」

といった文言ですから、もはや「生きている人間同士だけ」の技巧的コミュニケーションの時代も素早く終わり、人間関係の人工知能化の時代、機械が我々の人間関係や人生をコントロールする「バーチャル人間関係」や「バーチャル人生」の時代が始まっているようです。

先日、円坐街道の旅先で見た4月16日の高知新聞の見出しは、「孤立死増加2万2千人」「男性が8割」と告げていました。

この数字に昨年の自殺者の数19,188人を加えると、表面的な統計上のことではありますが、年間約4万1千人の人間が、「孤立して」ひとりで死んでいることになります。

そんな現代日本の社会状況の中に、宮本奏さんの発した言葉が響き渡っています。

「次は私の番。思いっきり生きてみたい」
「たった一人でも誰かと本気で関わりあって共に生きてみたい」

この声は、物質主義と人工知能に覆われた現代世界に生まれて来る、心あるすべての人間の深い願いではないかと思います。

ここに、つい先日終了した「薩摩串木野ふるさと円坐街道」を一緒に旅した広島の円坐衆、73歳の「ひろ」こと大方宏毅氏から拝受した言葉を掲げたいと思います。

「僕は影舞をしているときに、指先の間に見える景色が好きなんです。海とか空ですね。なんか鮮明に見えるんです。
こんなふうにみなさんと一緒にいるのは、あったかいなあと思います。
ゆうべの円坐で、みなさんにかかわってもらいながらあの世に逝きたいなと強く思いました。
あと何年生きられるかわかりませんが。」

奏さん。日本のどこかでひろと一緒に円坐に坐り、影舞を舞いましょう。

以下に、北海道で活躍する「市民ファシリテーター」宮本奏さんの言葉を掲げます。

宮本奏さんよりご案内

昨年、2025年11月 初雪がうっすら積もった北海道札幌の我が家に橋本久仁彦さんと松岡弘子さんが来てくれました。大事な仲間のじュんきさんと成美さんも来てくれました。

初めての我が家での円坐では、昔この地域で畑をしていた私の祖父祖母の存在が立ち現れ、一人芝居の練習真っ最中の夫の存在と子供達の存在が確かに影響しあい、ご近所の鉄の彫刻家の浅井さんの存在が偶然ではなく必然であったかのように現れ、ここにはいないはずの一緒に働いてきた仲間の存在までも大切にされ、この全てが抱括された円坐でした。言葉で自己紹介をする必要などないくらいに、その全てが語っていたのだと思います。

私は自己紹介が苦手です。
決められた時間に自分の何を話すことが自分のことの紹介になるのか。言葉がでてこないのです。
言葉にできないもののほうが圧倒的に大きくて、一緒に隣に居て伝わってしまうことが私であるのだから、言葉はないけれど隣に居ることにはいつも誠実でありたいと思ってきたように思います。

昨年の円坐では「対峙する」という言葉に出会いました。
その体験はたった一瞬であったとしても、私とあなたがここに居ることを全身で感じ、いまも残像として焼きついているような時間でした。

でも、心残りがありました。
わたしは本当に相手と対峙することができたのだろうかという問いがなおも残っています。
問いが残るということは、そのときどう在れたらよかったのかという迷いがあったからでした。
ここには、ファシリテーターとして存在してきた自分の振る舞いが無意識に影響していたように思います。
どうしたらよいのかわからなくて悔しかった。

しかし、ようやっとここに立てたのかもしれないとも思えました。
円坐に初めて出会った時から、わたしのなかにはなおも迷いや怖さやわからなさがあります。
でも、大切なものは他者との間にあり、私以外の全てがすでに存在してくれているので、怖いけれども不思議と安心しかありません。

「次は私の番。思いっきり生きてみたい」
「たった一人でも誰かと本気で関わりあって共に生きてみたい」

札幌での円坐の機会はなかなかありません。
私自身がいま欲している場を自身で開きます。

どうぞご一緒しませんか。

5月の北海道札幌円坐でお待ちしております。

宮本 奏

有無ノ一坐 橋本仁美よりご案内

今回ご一緒する宮本奏(みやもとかなで)さんはファシリテーターをお仕事にされています。
ファシリテーターの方と円坐をするときは「対峙」がテーマになることが多いです

薩摩串木野ふるさと円坐街道でのある日の円坐のあと、「“自分の山”から降りてきて話をしようとしてしまっているから、考えすぎて円坐の中で黙り込んでしまうんだな」と弟が言っていました。

「..もっと気づけたらよかった」「○○さんにはそんな風にみえているんだね」
そんなセリフが円坐中に交わされましたが、それはその人らしい言葉ではなくて、どこかで他の誰かも言いそうな聞き慣れた言葉です。

奏さんが案内文に書かれているのは「ファシリテーターとしての振る舞い」と「”自分の山”の頂上から話す」ということのズレとそこからの葛藤についてのことと思います。このあたりはメチャクチャ面白いです。

私も20代ファシリテーションを学び実践してきた時期があるので、奏さんの思いには響くところがあります。
父も元々は実力のあるファリテーターでしたが、父も私もファシリテーターを辞めました。
それでもファシリテーターのときの癖は根強く残っていてときたま顔を出します。
有無ノ一坐の松岡弘子さんは自分の山から1ミリたりとも降りない人です。
この降りなさが松岡さんの尊厳を保っており、自分の山から降りた人間からすると脅威となります。

奏さんの語る「迷いや怖さ」は円坐をするとき私にも常にあります。
しかし迷いや強さがあるのは自分を超えた他者との想定不可能な出会いがそこに待っているからなので、自己啓発的に物事を捉えなおし、別の観念に置き換えて「なかったことにする」ということはしません。

奏さんとこういうあたりを身にしみて語り合えるのではないかと思い、今回の再会をとても楽しみにしています。また、はたして山の頂きに立つ奏さんと山の頂きに立つ私が語り合うことができるのか、ここもとても楽しみなところです。

こういった話題にご興味のある方、ぜひともご一緒しましょう。
近頃は格安飛行機のチケットで行ける場合もあるので県外からのご参加もどうぞご検討ください。
こ゚縁があることを楽しみにお待ちしています。

有無ノ一坐 橋本仁美