2026年7月の有無ノ一坐円坐舞台ラインナップ
「現代人の物理的時間」が「血が通って生きている歴史的時間」に変容する円坐の風景は、以下のように描写できます。
まず、地上の特定の場所を訪れて刻限を定め「円坐」が始まります。
すると、肉眼で見える物質的環境が背景に退いて、我々が人生を通じて実際にそこに住んでいる内面の世界が浮上し、坐衆の肉体が坐っている物質的環境の場所や会場に重なります。
円坐における「内面の世界」は、心理学的な「個人の内面」のことではなく、外側の「物質世界の内面」も含むこの世界全体の内面のことです。
この世界全体の内面では、客観的に観察できる肉体の姿形や服装や、耳に聞こえる言葉の意味だけではなく、目に見えず、耳に聞こえず、言葉にもできないお互いの心の姿勢や所作が、物質的な肉体を大きく越えた流動する輪郭を持って立ち上がります。
我々が自分の人生を通じて実際に住んでいる世界全体の内面の時間は、客観的で直線的な時間ではなく、現在と過去が溶け合い、血が通って流動する「生きている球体の時間」になっています。
ですので、円坐の中で始まるおたがいのかかわりあいは、生きている球体の時間と一体になって展開します。
円坐という生きている球体時間の世界では、参加者Aと参加者Bとの「個別の関係」という直線的、物質的で、ゆえに人工的な「人間関係」は成立しません。
Aという人物とBという人物のお互いに対する行為や態度は、円坐に坐っている全員の心の動きや姿勢と密接にかかわりあって、「肉眼では見えない精神的な地形」を作り出します。
精神的な地形に沿って気圧が変わり、内面世界の大気が流動して気象条件が生まれます。
この内面世界では、人の態度や言葉のニュアンスが風を起こし、気圧の谷が生まれ、雨を降らせます。
他者への真剣さや正直さという日の光が降り注いで、目には見えない感情の森や草原が一瞬で繁茂し、意志や衝動の河川が流れます。
円坐という世界全体の内面の領域で互いに対峙し、仕合う坐衆同士の間から、肉眼では姿かたちが見えないふたりの精神的身体が立ちあがり、その場に立ち会っている坐衆全員と出会います。
もし円坐守人が、要素主義にもとづく個別化の理論やメソッドを円坐に持ち込むと、個別化という作為によって自己完結的で抽象的な、日常の常識的経験の標準内に整えられた「心の管理地」が作られることになります。
そして、流動的で生き生きとした気象変化を伴う全体的な、未知の内面世界の精神的地形は隠されてしまいます。
それは「円坐」ではなく、全員に標準供給できる成果物の生産を目指したワークグループであると言えます。
人為的な個別化や客観的な対象化によって作られる管理的な内面世界ではなく、ひとつの全体的な未知の内面世界が躍動する空間を「円坐舞台」もしくは「縁坐舞台」と呼んでいます。
そして、未知の全体世界の一部としてお互いに常にかかわりあっている、我々一人ひとりの「個別の人生」が円になって坐った姿が「円坐」です。
我々が心の底では強く憧れながら、現代の精神生活では体験することが難しくなった人間同士の本質的なかかわりあいは、「永続する愛や友情や信頼」です。
「愛や友情や信頼」という倫理的価値には、具体的に知覚できる精神的輪郭があります。
それは、技巧を用いず、お互いの生身で、正直に真剣なかかわりあいを十分継続できる精神的風土の中にあらわれます。
内面世界での人間は、「血が通って生命をもった『気象』として活動する」と表現したいと思います。
円坐の中でかかわりあう人間同士は、その対峙と仕合いの継続の中で、「血が通って生きている気象」同士の位相に移行し、かかわりあいの質が倫理的なものに変容していきます。
実存的な、生きている気象の中では、相手の個別の人生の時間と空間が、切り離されていない球体的なひとつの生きた時空として、自分の内側に存在するように感じられます。
この地点で初めて我々は、「他者と一緒に生きている」という、内面世界の生きている気象同士のかかわりあいを、実際に体験することになります。
「愛と信頼と友情」はこの地点に存在する倫理的・精神的な生きている輪郭であり、生きて流動する気象です。
そしてこの地点で、再び我々は幼いころのように、「自分」という作り物の想念からたやすく外に出入りして、直接他者の実在とふれあって生きるようになります。
そこには、常に未知である全体的な内面世界で、一緒に生死を越えてかかわりあう「仲間」がいます。
円坐は、現代人の多くが無意識的に受け入れている自己中心的、個人主義的自閉の状況を意識化し、外の世界へ向かって自分を開いてゆく風土になります。
我々は円坐を通じて、自己の想念の繭(まゆ)から外の世界に抜け出し、「実在する本当の他者」と生身でかかわりあう人生態度が実現可能であることを知っています。
そして、各地に置かれた円坐からひとり、またひとりと、内面の全体世界で他者と本当にかかわりあえる人間が誕生することが、現在の世界状況にとってはかりしれない価値を持つと考えています。
では、2026年7月の有無ノ一坐の円坐舞台ラインナップをご案内いたします。

7月の有無ノ一坐円坐舞台ラインナップ
① 7月1日2日(水木)福島県郡山市
<郡山円坐「敬意と因縁」>
※小笠原夫妻が命を懸けた会社「エフライフ」と有無ノ一坐の福島円坐同盟成立!
② 7月4日(土)高知県四万十市
<第2回「四万十川~仁悠姉弟円坐」>
※吉川さんちでアユ料理に満腹して大の字の姉弟の写真が届いた。
③ 7月5日(日)福井県の日本海沿岸を辿る
<第9回 海の露(いのち)円坐影舞山月記>
※北陸東尋坊からの坐衆と一滴文庫で待ち合わせる。残席ひとつあるよ。どなたでもご同道歓迎いたします。
④ 7月5日(日)高知県四万十市
<四万十仁美ツアー・セナカアワセLIVE>
※逆縁を生きぬいた橋本仁美、夢の四万十舞台の始まり!
⑤ 7月6日(月)高知県四万十市
<石鎚山円坐~高知愛媛県境円坐>
※うわさに聞く石鎚山。僕はまだ登ったことない。
⑥ 7月10日24日31日(金)大阪市西区千代崎
<第25期影舞「幻想」山月記>
※円坐をまだ知らぬ者の門前影舞は自己幻想同士の対峙と仕合から始まる。初めての方幻想的に大歓迎。
⑦ 7月11日(土)大阪府豊能郡能勢町
<第二章 逢坂・能勢の円坐影舞>
※社会からダウン症といわれる彼によって成立した能勢円坐影舞の大舞台。
⑧ 7月13日(月)大阪市西区千代崎
<オトと円坐>
※オトい合わせは一音成仏の橋本仁美まで
⑨ 7月15日16日(水木)秋田県横手市
<きくみるはなすかかわりあう秋田・横手円坐舞台「秋田の酒と魁(さきがけ)」>
※副坐長松岡弘子一本独鈷の秋田入り!お控えなすって。
⑩ 7月17日(金)千葉県山武市成東老人ホーム「エルピス」
<豪リーダーバンド&エルピス音楽フェス!>
※認知症上等のエルピス天国バンド。メンバーは精神界の円坐フリージャズ奏者たちである。
⑪ 7月18日(土)千葉県山武市成東
<千葉・成東「道にゆきくれし円坐」&「けんじ×仁美対談円坐」>
※老人ホームエルピス侠客親分衆「けんじとみちこ」×有無ノ一坐橋本仁美の認知一等賞円坐舞台
⑫ 7月19日20日(日月祝)滋賀県長浜市
<第10回 琵琶湖円坐影舞山月記>
※満員御礼。高野山大学スピリチュアルケアコースゆかりの円坐。
⑬7月22日29日(水)大阪府高槻市梶原
<ピッコロ保育園きくみるはなすかかわりあう縁坐舞台>
※男の子が多い今回の山組さん。男たちが僕を仲間扱いしてくれるんだ!
⑭7月23日(木)大阪府高槻市芥川
<水無月の一滴・ふるさと相聞茶堂>
※この日僕は晴れて68歳になる。高槻の侠客、川浪スヱ子さんに自分の生きざまをご報告できるもったいなさよ。
⑮7月25日大阪市西区千代崎
<第5回未二の関・未二観稽古会>
※奈良吉野の関さんと未二の関越え稽古。4月の円坐影舞山月記は吉野のご自宅へ伺った。
⑯7月26日(日)東大阪市石切町
<第5回生駒石切400日間円坐>
※前回円坐史上初のヨット円坐は関空のとなりの田代漁港から船出。
☆
★8月5,6日(水木)長野県安曇野郡池田町
<池田町円坐~移住という生き方と円坐>
※小谷村大網衆に会いたいなあ、前っちに会いたいなあ
★8月8日〜11日(土~火祝)徳島県上勝町旭
<上勝“少年”探偵団~「夏の遊びと満天の星空~大人の体験フリースクール」の原点に立つ>
※参加受付開始 お問い合わせください
★9月20日23日(日~水祝)中華民国(台湾)
<秋山さんと往く台湾ふるさと円坐街道>
※定員間近。受付中。
★10月10日~12日(土~月祝)広島県廿日市市宮島
<芸州宮島未二観円坐>
※ミニカウンセリングから未ニ観へ。上昇する有無ノ一坐の「身振り」を見つめる西国の見者、ジーザス松井雄一郎×有無ノ一坐未二観宮島サミット!
参加ご希望の方は松井氏か橋本まで。
★11月3日~5日(火祝~木)福井県大井町
<一滴文庫車いす劇場『旅する不動明王』上演×有無ノ一坐縁坐舞台×越前ノ国円坐街道>
※福井の浄土真宗長慶寺から泰円澄師、神奈川の天台宗等覚院から中島師来臨!
★11月18日19日(水木) 東京都目黒区~渋谷~椎名町
<「東京大学円坐」「円坐NVC×NVC」「渋谷玉手 影舞」「椎名町パンドラ円坐」>
※有無ノ一坐得意の怒涛の四連円坐舞台。東京円坐衆の笑顔が生き生きと浮かぶ。


