千葉・道にゆきくれし円坐と未二観会
今西道子さんが粛々と千葉で円坐を重ねておられます。
このたび有無ノ一坐は9月2日水曜日千葉成東へ今西道子さん賢治さんご夫妻に会いに参ります。今西道子さんの宣言の言葉と、わたし達のご挨拶の言葉です。
今西道子さんから水が湧き出で一番蛍が舞うように、今西道子さんの言葉を先頭に、わたしたち一坐からも言葉が湧き出てきた順に、ご挨拶を掲げております。
蛍は亡くなった人の魂がふと帰ってきて闇世を照らす灯火のようでもあります。
モラエスさんも、徳島伊賀町のお家の玄関で夜ひとり帰宅し暗くて鍵が開けられなかった時、ふと一匹の蛍が飛んできて手元を照らしてくれたそうです。あの蛍はおヨネだろうか、コハルちゃんだろうかと、モラエスさんはひとりもの思いに耽ったそうです。モラエスさんは、愛しい面影に照らされたのでしょう。
長文となりますので、よかったら是非、蛍を見るように、ゆっくりとご高覧ください。
徳島の藍染は染める工程で何度も繰り返し重ね染めをします。やがて深みのある明るくかがやく藍色になってゆきます。
阿波藍のように何度も会い染めし円坐旅。会い染めし道ゆく旅の空は、深みのある、明るい藍色に染まってゆきます。
それでは、ご縁をお待ちしております。
松岡弘子
【日時】9月2日(水)
①道にゆきくれし 円坐 13 時〜16時
②道にゆきくれし 未ニ観会 17時〜20時
【会場】成東駅徒歩4分の民家
(申込み後詳細伝えます)
※東京駅から高速バスで終点下車
【参加費】
①8,000円
②10,000円
【守人】
橋本久仁彦 松岡弘子 橋本仁美 橋本悠(有無ノ一坐)
今西道子
【申込先】
makishimoken@gmail.com
今西迄
今西道子さん【道にゆきくれし円坐と未ニ観会】によせて

サイトさんは2年前の12月の終わり年の瀬、一人で生活するのは難しい お正月が心配なので と後見人の方に連れられていらっしゃった。
ニコニコ温和な方で どこに行ってしまうかわからなくて。節分の豆まきに一緒にお寺に行ったが、スタスタ元気でわからなくなってヒヤヒヤしたことも思い出す。
仕事をすることが好きで、外で草むしりをしたり、 洗濯物干しをいつも率先してやってくれた。
お願いしたこと どんなことでも 洗濯に限らず 他の人に掃除しよっかーって声をかけても サイトさんがいつも引き受けてくれた。
この春過ぎ頃から 一度寝込んでしまい 起き上がるのが容易でなくなってきた 。その前から歩くのが危なくて転んじゃうってこともあってフロアーで過ごすことが増えていた。
もう今回 寝込んでしまい 起きれなくなって ベッド 上にいることがほとんど食べるのもやっと、寝込んでからも熱を出してしまい何度も 危ない時もあった 。
そして この夏
暑くて仕方がない 酷暑。
サイトさんは むせやすくて
むせない体位をやっと見つけて 今ご飯を一番の楽しみに生きて生活している。
このところ 声も出なくて全く話せない時もあるのだが、
なんとかカスカスのかすれた声で言葉を発してくれる。
この間なんて 朝来てサイトさんに会いにいったら、まだ目をつぶって寝ていたので 他の用事をして戻ってきたら、、、何か ボソボソと言葉を話している。
顔を近づけて聞いてみると
「⋯⋯(ボソッ)⋯」 私が聞き取れないからもう一度
「グッドモーニング」とわずかな カサカサ 声で言ってくれている。
まさか グッドモーニング なんて言ってると思わず何度も聞き返してしまった。 そして 一緒に大笑い 。
一坐や円坐仲間に
エルピスのみんなのことを話したくなる。
サイトさんは、歳の離れた若造にさえ、一度も面倒な嫌な顔 一つ したことがない 。
私はサイトさんのような人に会ったことは今までになくて
人ってこんなにこんな風に在れるんだって 尊敬している。
サイトさんに限らず、エルピスに来るまでみんないろんなことがあった。
お金にルーズで借金が莫大にあったり、浮気して離婚になったり 、尻に敷かれて ボロボロでここに来たり。
どんな支離滅裂なことがあっても
今もごちゃごちゃでも、それでも 生きている ということを強く教えてくれるのだ 。
今日前田さんが、夕食の配膳しながら急に
「ヨシナリって、いましたよね」
と。
この1月に亡くなった小柄のヨシナリさん
直前の記憶も忘れてしまう前田さんから
ふとした瞬間に半年前のヨシナリさんのこと言われるのは驚きで
いつまでも覚えてもらえるっていいよねぇ、なんて夕食囲みながら話をした。
彼らのことは忘れようがない。
今西道子

二か月前みっちゃんから、芳賀さんをお見送りしましたとお便りをいただいた時からわたしのなかで芳賀さんが踊り始めました。
たしかに「わたしのなか」ではありますが、そこは自分の場所ではありません。
とても広いダンスホールのような光と影のボールルームです。
みっちゃんを通じてあらわれる芳賀さんの姿や、エルピスの仲間と過ごすことを大切にされていた芳賀さんの祈りが、知らず知らず自分にも沁みていて、驚きました。
初めて芳賀さんと影舞のお手合わせをさせていただいた時、ふたりの空間に音が入ってくると突如、芳賀さんはやさしくわたしの両手をとり、背筋を伸ばしてエスコートし、軽やかに社交ダンスを舞い始めました。本当に衝撃でした。
なんという。
エルピスの空間がダンスホールのようにひろがりました。
もうあの場所に芳賀さんの身体はないのですが、不思議なことに、芳賀さんの見えないからだとなって、足の運びや手、肩や髪、温かいまなざしを、生きていた時よりもいきいきと感じます。
お盆を迎えるにあたりエルピスの方々を親しく思い出します。
去年の八月エルピスで円坐をした時ずっと握手したまま最後まで見送ってくださった、よしなりさん。
そして、初めてお会いした時も二度目にお会いした時も、ずっと考えている現場のことを真剣に話してくださった佐々木さん、影舞も忘れられない舞台となりました。
忘れてならないのは、四月に旅立たれた上坂さんです。上坂さんは円坐のど真ん中を杖をつきゆったりと時間をかけ横切ってお手洗いにゆき、そしてまた、たっぷり時間をかけて自分の席へ戻られる一連の動作が言葉を交わす以上に焼きついてしまいました。
エルピスにいつか一緒に行きたかった門戸大輔さんの微笑む面影も不思議と同時に思い出されます。
明日から関西では迎え盆です。
最近、義母と未ニ観に加え影舞も稽古するようになりました。
先週末、芳賀さんの面影を胸に、仏間で義母と向きあい、阿波踊り『よしこの』からタンゴ『ラ・クンパルシータ』で影舞しました。
これはその人自身の奥深い神性というものなのでしょうか、関わりあった人の中や人との間に未来永劫生きることになるのでしょう。
たとえ形ある物や希望がなくてもサウダーデで人は生きてゆける。 誰かを愛し何かを愛した人の愛は人を通じて森羅万象に向かう。 たとえ家族がいなくても、家がなくても、お金がなくても、寂しくはなく、死んでなお強烈に生き続けるのです。
かつて秦の始皇帝は不老不死の薬を追い求めましたが、老いず死なずを唱え過ぎるアンチエイジングや健康志向の現代はどこか殺伐として、さびしいなあ。
何も無くなって最後の最後に残るのはサウダーデ 【会いたいという純粋なのぞみ】 なのでしょう。
道にゆきくれし円坐と道にゆきくれし未ニ観会、千葉成東にてお会いできますご縁をお待ちしております。
グッドモーニング!
有無ノ一坐 松岡弘子

お盆の入り始め、上勝“少年“探偵団だった。
私が5歳くらいのとき、35年くらい前から始まったので、いまやスタッフも参加者の多くがオーバー60。
しかし来年から「昭和“少年“探偵団」に進化するそうで、ますます元気になっていく。
年を取ってくのにだんだん元気、というのがよくわからなくて「カラ元気なのか?」と思って長らくめっちゃ不思議だったけど最近はなんかわかってきた気がする。
体は動かなくなるけど「痛みがあるのは生きてる証拠!」と笑いながら楽しそうにしている。
モーニングミーティングも、「やりたいプラン」でいっぱいじゃなくて「わかちあいたいこと」がいっぱいになって毎回円坐みたいになってきた。
尊敬できる大人がたくさんいる、というのはとてもとてもとても幸せなことだと最近あらためて噛み締めている。
中島さん、吉川さん、川浪さん、三浦さん、篠原さん、田上さん。
みんな人生を全力で生きてこられた70代、80代の方々だ。
そんな人達に出会えたのが、とても嬉しく、わたしの日々の活力だし得難い財産だ。
たくちゃん、ためちゃん、くぅ、まなびー、佐竹さん、父さん、臼杵さん。
(若い人も混じってるけどw)60代の方々。
自分を大事に、じゃなくて人にむかって一生懸命生きてる。
(父はそうでもないかな?と娘だからかどうしても思ってしまうけど。ごめんなさい笑)
‥ということを書いたら父はすかさず「俺はお前たちに向かって生きてるんや!」と言い返してきた(笑)
人にむかって一生懸命生きてる人たちは自分が目立ったりしないから見えにくいけど、会ったらめっちゃキラキラしてる。
よく、くぅが「老人という『人』はいない」という。
だから「『老後』というものも本当は存在しない」そうだ。
その意味がずっとよくわからなかったが、上に名前を挙げた人たちとの出会いが深くなっていくにつれて、じわじわ、じわじわとわかるようになってきた。
上勝で今年還暦になるくぅへのお祝いに、父と弟と共に、モラエスとおよねさんこはるさんの縁坐舞台をした。
探偵団の帰り際、徳島の街で父さんと佐竹さんが歩く姿を後ろから見ながら、いつかは大切な人とも別れる日がくるんだと思うと悲しくなったけど、大事な人と離れるのが怖くなくなるくらいに深く深く関わったら、肉体は離れていても別れるということには、本当に、マジでならないなぁと、なんか実感して今回初めてしみじみと感じ入ることができた。
まなびーが、帰りにモラエスさんたちのお墓に寄ったそうだ。
モラエスはいまもおよねさんこはるさんと一緒にいる。
有無ノ一坐
橋本仁美
‥‥‥‥‥‥‥‥‥

千葉県山武郡の成東で老人ホームの運営に携わり、明日9月2日開催の「道にゆきくれし円坐」と「道にゆきくれし未二観会」を主催される今西道子さんからいただいた言葉について、僕の感想を述べたいと思います。
「円坐してきたじいばあたちが、亡くなったとき、ただ『亡くなった』とならず、多くの者に見守られて旅立っていくように感じています。」
円坐には、目に見える見えないを問わず「多くの者」や存在が立ち現われます。
円坐で生まれる「人間同士のかかわりあい」は、生身の、人生全体のかかわりあいになるので、肉体的な自我と自我の間だけではなく、精神的により拡大した領域に存在している目には見えない個我と個我の間でも継続するからです。
今西道子さんの言葉を続けます。
「残してくれた姿を言葉にしてくださる人がいるということ 、
円坐で時を過ごした姿が他の者の目に焼き付いているという事実をもって旅立たれてゆく 、
そして今もその姿がひとりひとりの心に残っているという事実が、
その方の存在として、亡くなった後でも立体的重層的に『在る』のだと思います。」
円坐で生前の「亡き人」と生身で真剣にかかわりあった人間が、「今は亡き人」について語る言葉は、「生きて」います。
この「生きている言葉」は、ワークショップや研修で使われている知的で専門的な人間関係の言語の使用がもたらす存在感とは、「存在感覚の方向性」が異なっています。
ちょっと難しい言い回しになって申し訳ないですが、存在感覚の方向性とは、我々が今人間として生きている実感が、生身で全体的な、時間を超越する精神的な実感へ向かうか、それとも部分的で操作的な、時間に従属する物理的な実感へ向かうかという方向性のことです。
この方向性の違いによって、我々の個人的な人生の味わい、人間としての存在感や生死の経験はまったく異なるものになります。
僕がかつて大学の学生相談室で専門的に行っていたセラピーやヒーリング、傾聴やファシリテーションなどのテクニックは、多人数に通用させるための効率性と抽象性を優先するため、たとえば僕が現在今西道子さんや老人ホームの円坐でかかわりあった方々と体験しているような、「ひとりの人と人生の最期まで継続するかかわりあいの一体感」からは離れていく方向性を持っていました。
我々の日常の人間関係は、今西道子さんがおっしゃるように、「立体的重層的に」異なる存在の世界が重なって出来ています。
亡き人の生前に、円坐影舞や未二観という「実存的なかかわりあい」をともにした人々は、「亡き人について語る言葉」が「生きている」ことをはっきりと知覚できます。
その亡き人とのかかわりあいが、たった今も本当に「実存的に生きて存在している」という事実を直観し、体感しているからです。
この事実を知ることは、特に僕のような年齢の者、近いうちに「亡き人」になる確実な予定を持っている人間にとって、画期的なことです。
僕は今、死ぬまでかかわりあう懐かしい「生前の」円坐衆だけではなく、徳島の眉山のふもとで今は亡き最愛の女性たちと「一緒に」ひとりで死んでいったあのモラエスのように、「今は亡き人」との親密なかかわりあいも経験するようになっています。
肉体や時間や場所の制約を超えて個人的なかかわりあいが続く「今は亡き人」との円坐を重ねることで、以下に掲げる今西道子さんの言葉が改めてよくわかるようになりました。
「人の心の中に生き続けるということがどんなにか最高なことか。
上から声をかけてくださっている たくさんの人がいる中で生きているということです。」
口承即興円影未二 有無ノ一坐 橋本久仁彦

