ことばの時空へ観入る……秋の宮島に橋本久仁彦さんを迎えて

「僕の話を聞いてる感じがしない。
またこれか。
もう飽きた。
あなたは『受容と共感』をしてるのであって、僕の話をまったく聞いていない。」
(ある円坐から)

あらかじめプログラムとして決定済みの「受容、共感、傾聴」という出来合いの態度の後ろに「主体」が隠れて存在が消える。

それは主体的に「相手を受容」しているのではなく、主体を隠し、対等にかかわりあう責任を回避しているということ。
相手に共感しているのではなく、相手の心理を従属的に観察できる位置を担保し、情報を得ながら出来事は相手の責任にしているということ。

主体とは何か。
主体とはふたりのライブのかかわりあいの中に、その都度生成する炎のような運動体のことである。

「ふたり」という、主体と主体の交差による「全体で未二で未知」へ向かう「かかわりあい」があるとき、必然的に我々は自分が生きている意味、生まれてきた意味を強烈に実感する。

現代社会では「ふたり」という全体的な「未二で未知」のかかわりあいを専門家が技巧を使って編集し、「みんなの多様性を尊重」して「みんなや社会との同調」に向かう「コミュニケーション・ワークショップ」が盛んである。

「ふたり」という「全体性から流れ込む酸素」で燃え上がる存在の熱い炎に枠をかぶせて鎮火し、「みんなのニーズ」や「みんなの声」「みんなのために」誰でも知的に理解できる抽象的な概念の枠組みやメソッドに整理する。

「ひとつの全体であるふたり」を「一人ひとりが集まった平等なみんな」になるまで分解し、固定概念の枠をはめて「全体丸ごと」からやってくる「自由という熱」を均等配分し、だれにとっても安心で心地よい平均温度に調整する。

枠を超えて生き生きと燃え上がる「ひとつの全体であるふたり」をもっと深く生きようとする人々は、その集団から脱出して世界とかかわりあいながら前進する。

別の人たちはその集団に残って同化縮小の勢力と戦うか、あるいは順応してひとりずつ個別の存在に分けられ、心理学的な枠とレッテルで仕分けた予測可能な生存と安定を選ぶ。

そのような「みんなのための枠づけと調整」が意図的にファシリテーションされる場は「ワークショップ」というより「枠ショップ」だと言えるかな。

幸い我々は動物ではなく人間なので、精神的な体臭として自分の在り方や生きざまから臭ってくるリアルな質感や存在感について、しっかり考え吟味することができる。

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ところで、僕には「松井雄一郎」という大変貴重な友人がいます。

彼とは僕がファシリテーターとしてライフワークだったエンカウンターグループやミニカウンセリングを実践していたころに出会ったので、もうずいぶん長いかかわりあいになります。

僕にとっての「松井雄一郎」は、「橋本久仁彦」という人間の生涯にわたる仕事の動きや変化に強い関心を持ち続け、いつでも丸ごとのひとりの人間として直接会いにきてくれる稀有な人物です。

このたび、彼が名付けた「ことばの時空へ観入る」という「未二観のワークショップ」を、初めて一緒に開催することになりました。

彼の文章は、僕には書くことのできない視点からの言葉と文脈を持っています。
大変ありがたく拝読いたしました。

口承即興円影未二 有無ノ一坐 橋本久仁彦

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みなさまへ、秋のワークショップのお知らせです。

10月、私の師のひとり、橋本久仁彦さんを広島は宮島にお迎えし、「ことばの時空へ観入る」と掲げた2泊3日の場を開きます。

『ことばの時空へ観入る……秋の宮島に橋本久仁彦さんを迎えて』

日時|2026年10月10日(土)〜10月12日(月・祝)
会場|広島県・宮島(詳しい会場は参加者に連絡します)
参加費|ワークショップ5万円+宿泊費・食費(実費調整中、2万円以内の見込み)
参加定員|6名

*時間は参加者確定後に調整します。関東から参加の方がいれば、12日は当日中に羽田空港に戻れるような時間を必要に応じて考えます。

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「ことば」という不思議を探究したい方、人と人が共にいることについて見つめたい方、あるいは感覚的なことを言葉で表現するのは難しいと感じている方など、日本語の基本的なリテラシーがあればどなたでも参加していただきたいと思っています。どんな場なのか、少し長くなりますが、以下お読みいただければ幸いです。

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橋本久仁彦さんは、私が10数年来、尽きることのない興味をもって取り組んでいる「未二観(みにかん)」という稽古の師です。私がなぜ、これほど未二観に惹かれるのか。この貴重な3日間が、みなさんとともに、その真髄に観入っていく機会になればと思います。

それにしても、「未二観」とはなんでしょう。まずは、その方法/型から紹介します。

語り手と聞き手が向き合い、8分間、聞き手は語り手の言葉に耳を澄ませます。その後、役割を交代して、もう一度8分間、同じことを行います。

この間に起きたことは、後からすべて逐語録にします。語られた言葉を要約したり、解釈したり、整理したりすることはありません。語尾のニュアンスや言い淀み、沈黙、周囲から漏れ聞こえる音まで、あらゆる表情を汲み取りながら、8分間の事象を文字として定着します。

そして、テキストとなったその言葉を、精細に読み、観ていきます。これが、まるで舞台や映像作品を観るかのような、語り手個人や時間すら超えたかのような、豊かな鑑賞体験になるのが「未二観」の不思議です。

そもそも、私が橋本さんに初めて出会った頃、「未二観」という語や概念は、まだ確立していませんでした。

2009年、私は橋本さんの「ミニ・カウンセリング」(略してミニカン)のワークショップに参加しました。声をかけてくれたのは、西村佳哲さんでした。カール・ロジャースの提唱したパーソン・センタード・アプローチに基づく、カウンセラーのトレーニングを、緩やかにして、広い参加者へ応用した場だったと思います。

私はその頃、インタビューをして記事を書く仕事もしていましたから、「きく」ことを通して理解したり整理したり方向づけたりすること、あるいは相手から何かを引き出し、そこで得たものを読み手と共有可能にすることこそが、きくことの創造的な価値だという認識がありました。

しかし、ミニ・カウンセリングで橋本さんから示された態度は、それとは異なるものでした。聞き手が相手の話を整理したり焦点化したりしなくても、語り手本人のなかから物語が自ずと展開していく力(セラピーで言えば、治癒へと向かう力)が現れるのを、目の当たりにする。そういう場でした。

その力が発揮されるために必要なのは、「一人の人間が、まるごと相手の言葉を信頼して受け止め、その視界を共有し、ついていく覚悟をもって聞く」ということでした。私はこの「原理」に感銘を受け、以来ずっと橋本さんやロジャースの後を追いかけてきたと言えます。

このミニ・カウンセリングを続けていくだけでも十分に楽しかったのですが、あるとき橋本さんはその看板を降ろします。気がつくと、ミニ・カウンセリング、通称ミニカンが「未二観」になっていたのです。

正直なところ、私は「ミニ・カウンセリング」のほうが、いろんな人に受け入れられやすく近づきやすいのになあとも感じました。どう役立つかがわかりやすいぶん、広がりやすいのになあ、と。

しかしこの変化が、橋本さんにおいて単なる呼び名の変更や、和風に洒落た当て字でないことは明らかでした。果たしてそれはいったい、どういう意味なのか。

このことについて、2024年、私と橋本さんは1年間、実践を重ね、語り合う機会を得ました。その時間が、今回の宮島での3日間の基層になっています。

未二観には、大きく2つの面白さ・特徴があると私は考えています。

一つめは、語られた言葉をどのように観るか、扱うか、ということです。

未二観で語られた言葉は、語り手という個人を分析したり、理解したり支援したりするための素材として扱われることはありません。そこにある言葉そのものを、手を加えようのない現象として読み、感じ、表れている風景を目撃していきます。

そこで見えてくるのは、私たちは言葉を用いて、日常生活を営む物理的・肉体的時空とは異なる、広大で緻密な時間や空間を次々に立ち上げることができるということ。そして私たちは、その時空を自在に動く運動感覚としての自分の存在を感知していて、たくさんの登場人物をそのなかに招き入れ、呼応し合っていること。それらがはっきりと観て取れます。

その時空を、語り手個人の人生の改善という目的に回収することなく、8分間の独立した文学作品や舞台作品のように深く受け止めたとき、何やら、普段は通らないところに、風が通るように思われます。

二つ目は、聞く人と語る人という、二人の存在の妙を観ることになる点です。

カウンセラーとクライアントは、つまり支援する者とされる者という役割関係を前提としますが、未二観では、両者は対峙し合う対等性の上に座り、お互いの存在に出会います。

聞き手の存在があることで、語り手の時空が立ち上がることが可能になります。当たり前のことのように思えますが、人にとっての他者の存在の意味、その構造を確かめていくことになります。そして立ち位置を変えて、お互いが照らし合ったときに見えてくる出会いの妙のようなもの。本来の意味での、ご縁とも呼べるものが浮かび上がってくるようにも思えます。

こうして誰かと出会ったことを、聞き手の能力や効力感を確かめたり、語り手の人生に役立つ”気づき”を持ち帰るために利用するのではなく、二人の人が出会い、対峙したという事実から滲み出てくる、なにか。ぜひ参加者のみなさんと確かめていきたいと思います。

そんな、言葉と出会いの深淵を、未二観で対峙する二人と、場を共にする参加者全員で目の当たりにする3日間になればと思います。

会場は、宮島の奥、瀬戸内海に抱かれ、弥山を見上げる、素晴らしいロケーションです(詳細は参加が決まった方にお伝えします)。

寝食を共にしながら、私たちの言葉を通して見えてくる存在の神秘を、ぜひ分かち合えたらと願っています。

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『ことばの時空へ観入る……秋の宮島に橋本久仁彦さんを迎えて』

日時|2026年10月10日(土)〜12日(月・祝)
会場|広島県・宮島
参加費|ワークショップ5万円+宿泊費・食費(実費、2万円以内の見込み)
参加定員|6名