大海円坐

来年の立春、一滴大海円坐あらため、大海円坐を開催いたします。

午前は、父の菩提寺でもある乙訓・長岡京の柳谷観音に立ち寄り、
午後は洛西の竹林公園の茶室を舞台に円坐舞台を開催いたします。

以下、大海円坐守人の相方となります西條読真氏のご案内に寄せる言葉です。

そして、最下段には、2016年の秋、この茶室でお彼岸円坐を開催した際に、
どなたか匿名で送ってくださった貴重な詩があります。
最下段にご紹介させていただきます。

それでは、
このたびのご縁をお待ちしています。

大海円坐守人 有無ノ一坐 松岡弘子

・・・

50億年後に向けて
太陽がいつか爆発すると聞いたのは、小学生だったろうか。

 太陽が爆発する → 地球も吹き飛ばされる

その事を知った時、頭が混乱してすごく恐かった。

自分の死への恐怖ではなく、誰もいなくなるという事に関してだ。

「その後は、誰も、何も、考えない。
ただただ、宇宙だけが存在し続ける。」

フィクションではなく現実に存在する“その瞬間“の事を思うと
どう理解したらいいのかわからず、恐かったのだ。

以来、その混乱は解決せず私のうちに在り続けている。
何度かは人に伝えようともしたのだが、大して伝わった感じもせず
このところは、もうその事は考えないようにしてきた。

で、今、どうしてこのことを書いているかといえば
先日ふと、その対応策に思いが至ったからだ。

きっかけは宇宙創造についての本を読んでいる時
「宇宙も人間の身体も成分は同じ、破壊と再生が毎瞬起こっている。」
といった記述を見て
“宇宙と身体が今この瞬間も連動しているのか“と改めて考えた事だ。

子供の時から懸案の “宇宙の事を誰も考えなくなる“ 問題。
遠い未来、現実に起こるその瞬間は
よく考えれば、私の内にもずっと存在してきた。

だったら「私が」その瞬間に向かって生きればいいのではないか。

50億年後、地球が吹き飛ばされる最後の瞬間
もう誰も聴いていない真空に向かって
「 ここに確かに人間が生きた! 」と叫ぶために生きればいい。
私の内外に確かに存在するその瞬間に向けて、私が生きればいいのだ。

この懸案が解決したのを受け来年は
一滴大海円坐を「大海円坐」と名を改めて開催いたします。

ご縁のある方の参坐をお待ちしております。

大海円坐守人 西條読真

・・・

さわさわ...さわさわ...

真冬の澄んだ空気の中に音が聞こえる...

サワサワ...サワサワ...

竹林から音が聞こえる...

さわさわ...さわさわ...

張り詰めた真冬の空気を割るやうに

サワサワ...サワサワ...

あたかも子供たちの笑い声のやうに

さわさわ...さわさわ...

あたかも大人達の笑い声のやうに

サワサワ...さわさわ...

妖しみなく魔力なく

さわさわ...サワサワ...

禍々しさなく惑いなくそれは光のやうに

サワサワ...さわさわ...

竹林から音が聞こえる

さわさわ...さわさわ...

竹林から音が聞こえる

サワサワ...サワサワ...

竹林から音が聞こえる

サワサワ...さわさわ...

夭した魂は神々しき天に昇り...

さわさわ...サワサワ...

夭は竹を被り笑い声に変わり

サワサワ...さわさわ...

天もまた竹を冠り笑いに轉じ

さわさわ...サワサワ...

竹林から音が聞こえる

サワサワ...さわさわ...

竹林から音が聞こえる

さわさわ...さわさわ

昨日も今日も明日も変わらず

サワサワ...サワサワ...

1000年前も今日も1000年後も変わらず

さわさわ...さわさわ...

竹林から音が聞こえる

サワサワ...サワサワ...

葉と葉の重ねる音が聞こえる

さわさわ...さわさわ...

竹林から音が聞こえる

サワサワ...サワサワ...

竹林から笑い声のやうな葉音が聞こえる...

Merry Christmas,

Thanks,Bamboo Sangha .

< 大海円坐 @京都府 乙訓〜洛西 >

日 時:2024年2月4日(日)10~17時  
場 所:午前 浄土谷柳谷観音楊谷寺
    午後 洛西竹林公園 竹風軒
会 費:一万円  
守 人:松岡弘子 西條読真  
内 容:八分未ニ観舞台 円坐影舞舞台
申 込soumon.enza@gmail.com 松岡