ドキュメンタリー映画「旅する不動明王」試写会と津屋崎玉乃井不動円坐 終了の報告

ドキュメンタリー映画「旅する不動明王」試写会と津屋崎玉乃井不動円坐無事終了しました。

ドキュメンタリー映画「旅する不動明王」試写会と古地図未二観 ~津屋崎玉乃井不動円坐~

「人はたくさん来てもみんなイベントで終ってしまうのよ。」 先月、有無ノ一坐が定期的に訪れている福岡県の福津市津屋崎町で、長年津屋崎に住んできた土着の人々の精神的…

試写会+円坐。じっくり語り合うことができました。

「今ここを大切にする」のではなく、何十年何百年の自分の親、曽祖父、その先に繋がるご先祖さまが大事にしてきたこと、そこから今この流れになっているんだという文脈を丁寧に辿っていきます。それを踏まえて今の自分たちが伝統を作っていく!ということも。

地元の方の、お大師さまをきれいにするお仕事が若い方に引き継げない悩み。
「若い方に負担をかけたくない」という言葉に対し
「大事なものを継承するんだから負担をかけなきゃいけないんですよ」という中島副住職の言葉があったり。

会が終わったあとはさっそくに中島副住職が話しをされた方と一緒にそのお大師さまのところへお参りに行っていました。

会の当日は、伝統やこれまでの関係性が消えていくのは止められないのかと少し途方に暮れるような感じがあったりすぐに問題の解決策は浮かばなくても、このことがきっかけで、翌日参加させてもらった
「学校たねの木」https://tanenoki.net/aboutus/ では
「わたしも行きたかった」という方と話すことになったり。
「こういう会は苦手かなと思って誘わなかったんです」
「でも、○○さんには来てほしかったなぁ!」
「そうか、みんなの興味があるなしにかかわらず、必要なことなのだから、地域の回覧板でまわすとか、もっとそんなふうなことをどんどんやってうちらが温度上げて動いていったらいいんやん」ということを話したりもしました。

いつのまにか、他人に気を遣い、遠慮して、他人の迷惑にならない負担にならないように暮らすという関わり合い方が定着してしまいました。そこを打破しないと、いまの関係性の薄さ、そこからくる閉塞感をどうにかはできない。

中島副住職は
「自分はお寺のある神奈川からあまり出られないから他の地域ではどうなのかなと思ってたけど、
やっぱり津屋崎でも自分の地元と全く同じことが起こっていた。
映画を完成させて、上映会どんどんやってっていいんだな!!と、自信をもてた」と語っていました。

また、映画ができたらきっと津屋崎で上映会します!
そのときは必ずご案内しますのでぜひぜひみなさまどなたさまも地元の方も県外の方もふるってご一緒しましょうぜ!!(ひとみ)